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東京地方裁判所 平成2年(ワ)6415号 判決

原告 有限会社 三仁産業

右代表者代表取締役 三井國義

右訴訟代理人弁護士 堀川日出輝

同 堀川末子

同 中島信一郎

被告 株式会社 東京月堂

右代表者代表取締役 高瀬孝三

右訴訟代理人弁護士 永野謙丸

同 真山泰

同 茶谷篤

同 味岡良行

同 小澤正史

同 高島良樹

主文

一  原告と被告との間で、別紙物件目録一記載の建物の賃貸借契約における賃料が平成二年四月一七日以降月額金八一万三〇〇〇円、同目録二記載の建物の賃貸借契約における賃料が右同日以降月額金八三万円であることをそれぞれ確認する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  月額合計一八九万六〇〇〇円であることの確認を求める他、主文一項に同じ。

二  被告は、原告に対し、二三四万六三〇〇円及び内金一〇四万八三〇〇円に対する昭和六〇年一月三一日から、内金一二九万八〇〇〇円に対する平成二年一月三一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、建物賃料増額の確認と、昭和六〇年一月三一日更新(昭和六〇年更新)を理由とする更新料及び平成二年一月三一日更新(平成二年更新)を理由とする更新料の各支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実

1(1)  原告は、昭和四九年二月一日ころ、被告に対し、別紙物件目録一記載の建物を、期間同年二月一日から一〇年間、賃料月額三八万二〇〇〇円で賃貸した(以下、右建物を「一階部分建物」、右契約を「一階部分の契約」という。)。

(2) 原告は、昭和五五年一月三〇日、被告に対し、別紙物件目録二記載の建物を、期間同年二月一日から五年間、賃料月額五二万四一五〇円で賃貸した(以下、右建物を「二階部分建物」、右契約を「二階部分の契約」という。)。

2(賃料増額関係)

(1) 後記3(3)記載の訴訟上の和解により、一階部分の契約における賃料は昭和六〇年一〇月三〇日以降月額六一万五〇〇〇円、二階部分は右同日以降月額六四万九〇〇〇円とそれぞれ改定された。

(2) 原告は、平成二年四月一七日に到達した内容証明郵便により、被告に対し、一階部分の契約及び二階部分の契約による各建物の賃料を、合計月額一八九万六〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

3(更新料請求関係)

(1) 原告は、不動産の賃貸・管理等を目的とする有限会社である。

(2) 二階部分の契約において、被告は、原告に対し、契約更新の際最終賃料の二倍相当額の更新料を支払うことを約した。

(3) 原告は、昭和五五年七月、被告に対し、被告において一階部分の契約及び二階部分の契約に債務不履行があったとして右各契約を解除する旨の意思表示をし、そのころ被告に対し右各建物の明渡を求める訴訟を提起したが(当庁昭和五五年(ワ)第一三五三三号事件、以下、「前件訴訟」という。)、昭和六二年五月一一日に成立した同事件の訴訟上の和解において被告との間で、右両契約が存在していることを確認した(以下、「前件和解」という。)。

(4) 二階部分の契約の期間満了日である昭和六〇年一月三一日から五年が経過した。被告は、右更新料債権の五年の商事消滅時効を援用した。

二  争点

1(賃料増額関係)

平成二年四月一七日の時点における一階部分建物及び二階部分建物の適正賃料額はそれぞれいくらか。

2(昭和六〇年更新を理由とする更新料請求関係)

(1)  原告は、前件和解において昭和六〇年更新を理由とする更新料債権を放棄し又はその支払を免除したか。

(2)  原告が昭和六二年五月一一日に前件和解が成立するまで前件訴訟を継続していたことは、消滅時効との関係で、更新料請求権を行使することの障碍にあたるか。

3(平成二年更新を理由とする更新料請求関係)

(1)  前件和解では、二階部分の契約につき期間を昭和六〇年二月一日から五年間とする旨合意されたか。

(2)  前記更新料支払の合意は法定更新された場合にも及ぶか。

第三争点に対する判断

一  賃料増額請求について

鑑定の結果によれば、一階部分建物及び二階部分建物の各賃料額は、その後の敷地価格や租税等の負担の高騰等により、近隣の建物の賃料と比較しても不相当なものとなるに至っており、平成二年四月一七日の時点におけるその適正な金額は、一階部分建物につき月額八一万三〇〇〇円、二階部分建物につき月額八三万円であると認められる。

したがって、原告の賃料増額請求は右金額を確認する限度で理由がある。

二  昭和六〇年更新を理由とする更新料請求について

1  争点2(1)(放棄又は免除の有無)について

被告は、「前件和解は当時原、被告間で未解決であった電気料金に関する紛争を除いて、その他の賃貸借契約に関する一切の紛争を解決する趣旨でなされた。」旨主張する。

しかし、これを認めるべき証拠はなく、かえって、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、前件訴訟では、被告の債務不履行を理由に原告がした解除がその効力を有するか否かが主な争点とされ、その結果、賃貸借が存在していることを確認する旨の前件和解が成立し、その際併せて賃料増額の合意がなされたものの、二階部分の契約が昭和六〇年一月三一日で満了となったことに伴う更新料債権の有無については、原告が更新料の合意の存在を失念していたこともあって、原、被告間で全く協議の対象とならなかったことが認められる。

したがって、前件和解において原告が昭和六〇年更新による更新料債権を放棄し又はその支払を免除したとは認めることができない。

2  争点2(2)(権利行使の障碍の有無)

消滅時効は、権利者において権利を行使することができる時から進行するのであるが、一定期間継続した権利不行使の状態という客観的な事実に基づいて権利を消滅させ、もって法律関係の安定を図ることに鑑みると、右の権利を行使することができるとは、権利を行使し得る期限の未到来とか、条件の未成就のような権利行使についての法律上の障碍がない状態をさすものと解すべきである(最判昭和四八年(オ)第六四七号、同四九年一二月二〇日第二小法廷判決民集二八巻一〇号二〇七二頁参照)。

ところで、賃貸人が賃貸借契約の解除を主張し賃借人を被告として建物明渡しの訴訟を継続していたとの事実は、権利行使についての単なる事実上の障碍にすぎず、これを法律上の障碍ということはできない。したがって、賃貸人たる原告が賃借人たる被告に対し前件訴訟を提起しこれを継続していたとしても、そのことによっては、昭和六〇年更新を理由とする更新料債権の消滅時効の進行は妨げられないというべきである。なお、このように解するとしても、原告は時効を中断する目的で被告に対し更新料の支払に関する訴訟を提起することができるのであるから、賃貸人である債権者を不当に害する結果となるものではない。

そうであるとすれば、昭和六〇年更新の日である同年二月一日から五年間を経過したことにより、原告の被告に対する昭和六〇年更新に基づく更新料債権は時効によって消滅したと認められる。

したがって、昭和六〇年更新を理由とする更新料の請求は理由がない。

三  平成二年更新を理由とする更新料請求について

1  争点(1)(期間の合意の有無)

賃借人の債務不履行を理由とする賃貸借契約の解除を主張して賃貸人が賃借人に対し提起した建物明渡請求訴訟において訴訟上の和解が成立し、建物賃貸借契約の存在が確認された場合には、特段の事情のない限り、従前の賃貸借契約がそのまま引き続き継続していることが確認されたと解すべきであり、また、右訴訟の係属中に従前の賃貸借期間が満了した場合には、特段の事情のない限り、右和解の際期間満了時に遡って、別途変更された部分を除き従前と同一内容の期間・更新料・賃料額等により更新をする旨が合意されたと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、右特段の事情や変更の事実を認めるべき証拠はないところ、二階部分の契約については前件訴訟の係属中である昭和六〇年一月三一日に賃貸借期間が満了しており、従前の二階部分の契約には賃貸借の期間を五年とし更新の際には最終賃料の二倍相当額の更新料を支払う旨の定めがあった(契約内容は前記争いのない事実)。

したがって、前件和解により、二階部分の契約は昭和六〇年二月一日から期間五年間、契約更新の際最終賃料の二倍相当額の更新料を支払うとの内容で合意更新されたと認められる。

2  争点(2)(右更新料の合意は法定更新に及ぶか)

昭和六〇年の更新から五年間を経過した平成二年二月の更新の際には更新の合意がされたことを認めるべき証拠はなく、弁論の全趣旨によれば平成二年の更新は法定更新されたと認められる。

そこで、二階部分の契約における更新料支払の合意が法定更新の場合にまで及ぶかにつき検討するに、二階部分の契約書上の更新料支払に関する条項は、期間の定めに続いて「ただし期間満了の際甲乙間に協議が整った場合は契約を更新することができる。更新料は最終賃料の二倍額とする。」と定めている。この文言に照らせば右更新料支払は合意による更新の場合を念頭において定められたというべきであり、このことに、建物の賃貸借契約では法定更新されると期間の定めのない賃貸借となり、賃借人はいつでも正当事由の存在を理由とする解約申入れを受ける危険を負担することを併せ考えると、右更新料支払の合意は法定更新の場合にはその効力がないと解するのが相当である。

したがって、平成二年更新を理由とする更新料の請求も理由がない。

(裁判官 畑中芳子)

〈以下省略〉

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